コミケ鉄道島の歴史と黎明期の姿

先日、「コミケに初参加した鉄道研究会はどこか?」の記事を作成したところ、反響がすごく、様々なコメントをいただきました。そこで、コミケ鉄道島の歴史と黎明期の姿について解明しようと当時のサークル参加者に取材したり、ツイートを分析し、2020年4月12日現時点で判明したことを箇条書きでまとめました。このページは随時更新します。

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鉄道島の黎明期

コミケ以前の鉄道同人誌

・鉄道の同人誌は模型店や書店で委託販売が普通だった。

・1970年代後半の鉄道雑誌「旅と鉄道」の読書投稿コーナーには鉄道車両と女の子を並べて書く投稿があった。現在の鉄道擬人化(車両を女の子にして描く)の元にあたるものも時々みられた。

・鉄道車両を女子で描く鉄道擬人化はこの頃にできた。

遠森慶氏談

遠森慶(@sorakosince1980)さんより、1970年代~1980年代の鉄道雑誌の投稿欄についてのコメントをいただきましたので紹介します。


「旅と鉄道」誌のことや、書泉グランデのことなど、私の意見も反映していただき感謝です。「鉄道車両と女の子を並べて描く」投稿は、70年代末からタビテツにおいて普遍化しており、常連が何人もいました。その後、80年代に「レイルマガジン」が創刊されました。

RM(レイルマガジン)の誌面は既存の鉄道誌よりソフトで、漫画趣味との親和性が高いと気づいた人々が投稿欄になだれ込み、「鉄道+女の子」の投稿数とバリエーションは旅と鉄道以上に猛威をふるいました。ラムちゃんとEF65が並んだイラストなどが並ぶRMの投稿欄は『節操がない』と陰口を叩かれたほどです。ああ思い出してきました・・レイルマガジンの投稿欄もコミケ化が著しかったんです。

鉄道擬人化の嚆矢にあたるイラストは、旅と鉄道時代に細々と始まり、RM(レイルマガジン)にも時々載っていました。が、「電車みたいな服を着た女の子のイラスト」が稀にみられる程度でした。節操がないRMの投稿欄でもその程度でした。


遠森慶さんが「Factory・みきすと」(コミケ最古の鉄道サークル)として発行した鉄道同人誌「EXPRESS WONDER」の最終号(10号)、「漫画絵をいっぱい入れる」 「絵がかけなくてもせめて写真を入れる」 「テーマは鉄道の旅情」 の3つをコンセプトとしており、当時の鉄道同人誌の主流であった「文字と数字と図面がやたら多い・硬い」雰囲気を変えていこうという、中二病的な発想で作成されたとのことです。

1987年夏コミ(C32)頃から、漫画的表現をした鉄道同人誌が増えていきました。理由としては、

・アニメの「うる星やつら」がヒットするなどして、今までの「テレビまんが」とは違う何かをみんなが感じ取っていた。
・今でいう「萌え」の始まりを感じていた。
・その萌え的な手法を鉄道趣味の表現に活かせないか、と考える人々が全国に生まれてきていた。

と、氏は述べられていました。

 

コミケに「鉄道」サークル誕生

・コミケ参加者にも鉄道趣味者はいた。創作として鉄道本を出しているサークルもあった。だが昭和末期の鉄道同人誌のメイン販売先は東京・神保町の書泉グランデ5階(後に6階)だった。そこには商業誌では扱っていないような濃い同人誌もあった。

・1985年冬コミ(C29)、バス系サークル「都っケミコ」初登場

・1986年夏コミ(C30)、コミケットトレインが運行開始した。

・1987年夏コミ(C32)、鉄道系サークル「Factory・みきすと」初登場(※C30の可能性あり、要確認)。明確に鉄道モノとして出されていた方などがたまたま2サークル配置されていただけで、漫画表現や漫画アニメ評論の同人誌で鉄道を題材として扱う場合、それぞれ元ジャンルに配置されることが多く、鉄道同人誌を配布しているサークル自体はあった。

・1987年冬コミ(C33) 鉄道系サークルが3サークルになり鉄道島誕生(配置位置要確認)、初の鉄道島三本締めが行われる。※そもそも「鉄道」というジャンルコードがないため、現在イメージされる「鉄道島」と表記するのが適切か要検討。2001年夏コミ(C60)にてジャンルコードに「鉄道」が登場するため、コミケット公式が「鉄道島」と認定したその時からになる可能性もある。

・鉄道サークルは平成初期から急激に隆盛した。

・書籍やサークル、口コミ等でしか得れなかった情報や楽しみ方が2000年前後からのインターネットの普及により、広く共有されたことが鉄道島発展の要因の一つ。

・聖地巡礼は漫画趣味と鉄道趣味(旅行)の融合である。

オタク文化の一般化

・1980年代はオタク趣味(漫画・アニメ好き)を公言する環境ではなかった。(オタクバッシング時代)

・1990年京葉線全通時に高橋留美子デザインの「マリンちゃん」がイメージキャラクターになったが、鉄道界隈では話題にならなかった。

・ナディア~セラムンから男性のアニオタが増えていき、そして1995年の「エヴァンゲリオン」でオタク趣味の「浸透と拡散」が起こり、鉄道もオタク趣味も好きな層が高校生、大学生となり、コミケの片隅にいた鉄道サークルの位置付けが変わっていった。鉄道趣味もオタク趣味の1つのジャンルに取り込まれていった。

1990年代前後の鉄道趣味者と漫画趣味者の関係について

・1980年終わりまでは鉄道趣味と漫画アニメ趣味を兼任する人は少なくなかったが、公表する環境や必要性がなかった。(隠れ漫画趣味者)

・鉄道趣味者の中に漫画趣味に嫌悪感を持つ人がいた。

・鉄道趣味は戦前から続く伝統的な趣味で、「オタク趣味」として認知されていなかった。2000年前後まで、オタクとは漫画アニメ趣味者を指す言葉だった。

Manabu INOUE氏談

Manabu INOUE(@kasobus)さんより、1990年代前半の鉄道趣味者と漫画趣味者の関係で双方に排他的な感情があったという意見ついて、コメントをいただきましたので紹介します。


双方とも排他的な感情があったというよりも、鉄道→漫画の嫌悪感から漫画→鉄道に向かっていったと思われます。少なくとも漫画と鉄道両方が好きな人は鉄道が好きですが、鉄道が好きで漫画の嫌いな人(というよりも少女向けアニメに嬉々としている人たちに対する嫌悪感)も鉄道が好きですので、鉄道→漫画の嫌悪感を持っている人が多いと思うのが当時の人たちの肌感覚に近いでしょう。

余談ですが、アイドル好きもおりまして、一般人に好きなアイドルの話を堂々と話す姿を見たときに、セラムンのすばらしさを同様に話すことは自分にはしにくいなぁと思いました。鉄研では会内で堂々とアニメを語る先輩がおりました。土曜の晩に部室のテレビでセラムンをみんなが見てた時に「どうして大学生にもなってセラムンを見るんですか」と聞いたら「大学生だからこそ見るんだ」と言われて目から鱗でした。まぁ、これは特異な例ですが。

鉄道オンリーの即売会のカタログを見た先輩が「どうして鉄道の同人誌即売会なのに165系とかがメインに描かれず、女の子がメインなんだ。」という疑問を呈していました。漫画・アニメに関心が薄い人の感覚の一例です。


 

鉄研のコミケ参加

・鉄研の機関誌は模型店や書店で委託販売が普通だった。また、鉄研内部では会内誌も盛んに製作されており、本づくりのノウハウはあった。

・コミケは「アニメ・マンガ好きのエロくて怪しいイベント」と認識する鉄研会員も多く、そこで機関誌を頒布するのはいかがなものか、といぶかしがる人もいた。

・当時の鉄道趣味者は硬派が多く、(今も原理主義者はそれなりにいる。)、漫画趣味者を見下す人もいた。

・最初の頃はコミケに理解がある鉄研会員が有志として参加した。

・コミケに参加するかどうかは理解がある会員がいるか次第である。その会員が在籍している時のみコミケ参加する鉄研も多々ある。

鉄研出身の同人サークルが増えていく

・鉄研で機関誌・会内誌製作を通じ、本づくりのノウハウを学び、鉄研としてコミケに参加し、サークル運営と参加方法を学んだ会員が卒業後に個人サークルを立ち上げ、コミケに継続して参加するようになった。

・2000年以降、コミケに参加する鉄研が増えるにつれ、鉄研出身のサークルも増え、鉄道島自体の規模も大きくなっていった。

・インターネットの普及とともに非鉄研出身者のサークル参加も増えていった。

 

私のサークルではコミケ会場で鉄道模型を走らせました。トミックスのC280レールを使用し、フル規格の鉄道模型を走らせたのはうちのサークルぐらいでしょうか。

 

鉄道島の歴史

鉄道島三本締めの歴史

今ではすっかり鉄道島の名物になっている三本締めと万歳三唱についてその歴史を紹介します。

・最初の三本締めは1987年冬コミ(C33)に行われた。(TRC時代)

・理由として鉄道系サークルが3サークルになったのを歓迎するために三本締めを行った。鉄道島最初の三本締め。

・当初より、三本締めからの万歳三唱を行っていた。

・当時のコミケで三本締めをしているところはなく、三本締めをしても周りは無反応だった。

・万歳三唱は究極超人あ〜るが元ネタ。

・その後は鉄道制服コスプレをしていた「上野組」が音頭をとった。「上野組」は1988年夏コミ(C34)以降、コミケ会場で模型を走らせる活動をしており、4スペース(長机2本)を使って、Nゲージを走らせる展示もしたことがある。

 

2018年冬コミ(C95)での三本締めの様子です。音頭は国鉄制服コスプレの方々がとっていました。

 

鉄道島年表

・1985年夏コミ(C28)(晴海)
・1985年冬コミ(C29)(晴海)  初のバスサークル「都っケミコ」初参加(C36から都バス資料編纂委員会に名前変更)
・1986年夏コミ(C30)(晴海) コミケットトレイン運行開始
・1986年夏コミ(C31)(TRC)
・1987年夏コミ(C32)(TRC) 鉄道系サークル初登場(これ以前から鉄道本を配布していたサークル自体はあった。)
・1987年冬コミ(C33)(TRC) 鉄道系サークルが3サークルになり、鉄道島誕生。この時最初の鉄道島三本締めが行われる。
・1988年夏コミ(C34)(晴海)
・1988年冬コミ(C35)(晴海)
・1989年夏コミ(C36)(晴海) 鉄研初登場
・1989年冬コミ(C37)(幕張) 鉄道島のサークル数が10を超える。
・2001年夏コミ(C60) ジャンルコードに「鉄道」登場
・2008年夏コミ(C74) コミケットトレイン運行終了
・2009年以降        鉄研の参加が増える。
・2017年冬コミ(C93) 鉄研最多の17校が参加
・2019年夏コミ(C96) 一斉点検時に手拍子をするようになる。

 

今後について

今回調査してみて、

・コミケカタログを元にした統計としての鉄道サークルの推移

・当時のコミケ参加者・同人作家の記憶と所感

・鉄道趣味のオタク化と漫画趣味の一般化による両者の統合(鉄道趣味がオタク趣味のカテゴリーになった)

・社会情勢の変貌

など、追加で調査しないといけない項目が次々思いつきました。鉄道島の歴史について継続的に調査し、随時当ブロブで結果を紹介しようと思います。当時の鉄道島の様子や鉄道同人誌の傾向についてコメントに記載していただけたら嬉しいです。このページは随時更新します。

 

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